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つらつらつれづれ

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James



dicoさんのブログで『Third Star』をまとめてらっしゃるのを覗いて、“ジェームズ~!!”という気持ちが抑えられず描きました。

子供みたいな顔になっちゃった!
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Sherlock



新しい「ブラシ」を使ってみました。
もともとあった水彩ブラシよりべたっとならないし、塗った感じがおもしろい!
面白くて時間を忘れて掃除機をかけ忘れました。
掃除は明日やろうっと。

ホロウ・クラウン おまけ


リチャードがアンに『hedgehog !』って言われてたけど、あれは罵りとか呪詛的な言葉なのだろうか。
こんなに可愛いのに?
『このカワイコちゃんめ!』と言っていたとしか思えん・・・。

なんかこう・・・ほめ殺し的な感じなのか・・・?
ホントのとこ、どうなんですかシェイクスピア先生。

ホロウ・クラウン その4

「ゲーム・オブ・スローンズ」と並行しつつ、途中「超高速!参勤交代」で殿様に癒され、「シン・ゴジラ」では日本人男性のYシャツ姿に萌えを感じ、しかしながらなんだかんだで2回観ました「ホロウ・クラウン」。
2回と威張ってみても、リチャード三世のパートだけですけどね!
人間関係がわからないな、と思って系図を作ってみたんですが、薔薇戦争っていうのは身内同士の血で血を洗う戦いだったんですね。
今更何言ってんだって感じですが、ほら、私日本史選択だったから・・・。


謀略を巡らせて邪魔者を消し、権力を手に入れるも長くは続かず、また次の王が玉座に座る。

  祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響あり
  沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす
  驕れる者久しからず ただ春の夜の夢の如し
  猛き人もついには滅びぬ ひとへに風の前の塵に同じ

「平家物語」の冒頭ですが、これを思い出しました。 
洋の東西を問わず、歴史というのはこうやって作られていくのだなと。

「ハムレット」の時と違って、日本語字幕が付くし、繰り返し観ることができるしで、すっかり油断してあまり予習をしなかったんですが、やはり本を読んでおけばよかったなあ。
私は文章を読んで頭の中に空間を広げるという作業が苦手です。想像力が貧困です。きっと右脳が仕事してないのです。「ハムレット」を読んだ時も目が滑る滑る。
「リチャード三世」も決して楽しく読めるとは思えないんですが、テレビ用にセリフを変更したところなどを確認したかった。
それとですね、予習不足ながらもリチャードは残虐で恐ろしい人物であるという認識だったんですが、ベネ版リチャードはちょっと違うんじゃない?と思ったので。
比較のためにまっさらな状態で本を読んで、自分なりのイメージを作っておけばよかったかも。
他の人が演じたリチャード三世とも比べてみたいと思うけど、ハムレットの時と違って映像がないんだなー。イアン・マッケラン氏の「リチャード三世」ご近所ではレンタルされてなかった。残念。
舞台だとマーティンがやっていたそうですが、これも見る機会はなさそう。
イギリスはさー、もうちょっと自分の国の文化を諸外国に売り込めばいいと思うよ?手軽に舞台を見られるようにしてよ。DVD販売しよう?ね?

さて、私はベネリチャードからは「恐ろしさ」よりも「哀しさ」を強く感じました。哀れな、とか痛々しい、とかそういう感じ。『祇園精舎の鐘の声・・・』もそこからの連想ですね。
「第4の壁」を破って、人を嘲笑いながら独白するリチャードだけれど、時にその嗤いは自分にも向いていたような。

そして幾つかのセリフのないほんの一瞬、そこだけ切り取られたような空間を感じました。例えばアンとの会話の後、エリザベスとの会話の後。
似たような感覚が「ハムレット」の墓堀り(道化)の出てくるシーンを読んだときにもあったんですが、「リチャード三世」では道化は出てこないですよね。
あの一瞬、リチャードはリチャードであり、道化であり、狂言廻しであり、もしかしたら第4の壁すら超えた存在としてベネさんは演じていたんではないだろうか・・・というのは考えすぎかしら。
そこから感じたのが「リチャード三世の哀しさ」なのかな、と。
そして、この感覚はラストのどこまでも広がる死者、戦争の虚しさへと繋がるのではないでしょうか。



・・・などと言いつつも自信がありません。
ベネさん可愛さに、リチャードも必要以上に贔屓目に見ているのではないか?と疑心暗鬼です。
ねじくれた背骨でさえ「彫刻みたい♡」って思いましたしね。
他の「リチャード三世」を見て比べてみたーい!

シン・ゴジラ もういっちょ!

先日2回目の鑑賞!
このところ海外勢ばかりに目がいっちゃっていたけど、すっごく久しぶりに「邦画、面白い」と思いました。そしてなんだか後を引く。癖になるシン・ゴジラ。

今回はムスメN子を誘って見に行きました。
彼女の「DVD出てからでいいよう~」という、どこかで聞いたことがあるセリフを聞き流し(親子だねえ私たち)、主役をやってるのはCMでマーティンに響をプレゼンしてた人だから!・・・などと気持ちを盛り上げ半ば強引に。

ゴジラ登場シーンで、隣の席で(ひょっ)だか(ひゃぁ)だか変な声をあげるムスメ。
うん。出る。出るよね。あのゴジラは見たら声が出る。母は大人だから我慢したけど。
見終わった後、「ゴジラ、めっちゃ怖い」と大層シンプルな感想を述べるムスメ。
うん。怖い。めっちゃ怖い。

でもさー!それ以外にも感想あるでしょー!?
矢口さん、ステキ!とかさ。
そうなのだ!長谷川博己がステキなのだよ!

ヤシオリ作戦の時の、防護マスクをつけて目だけで演技をする矢口蘭堂役の長谷川博己がすごく良かった。
犠牲者が出たことを知って、一瞬眼をぎゅっと瞑る矢口。
無念さだとか、悲しみだとか、感情があふれてしまいそうなのを堪え、でも次の瞬間には強い意志を持った目で前を見据える。
ああ、もう、このシーンだけ繰り返し見たい!
そして動きの止まったゴジラを見る、祈るような眼差し。それまでの厳しい目線と全く違う。
いいなあ!目で語る長谷川博己。
ちなみに長谷川さんは39歳、身長183?180?くらい?だったかな。最近の俳優さんは背が高いね。ベネさんと同じくらいなんですよ。ふふふ~。

ケン・ワタナベとかヒロユキ・サナダに続いて、もっと日本の俳優さんが海外で活躍できたらいいのに、と思う。
前回も書いたけどこの「シン・ゴジラ」がヒットすることで、そのきっかけになればいいなあ。
もう「あんた日本人じゃないじゃん」って引っかかりながら映画を見るのは嫌なんだもん。日本人の役には日本の役者さんを使ってよう~。
若手は今後のことを考えて英語ガンバレ。

で、一回目の鑑賞の際に、「英語ガンバレ」に関して石原さとみがなかなかじゃないのと感じたのだけれど、所詮英語のできないオバサンの戯言。
喋れる友人に実際のところ彼女の発音はどうなのか聞いてみた。
友人曰く「役柄的に流暢さ重視だからペラペラだけど、単語の音がたくさん抜けている。あのくらいならコツと抑揚をプロ指導の下に練習して恥ずかしがらずにやれば誰でもできるよ」

えー・・・。
あんなに英語っぽく聞こえるのに、あれでもダメなの?音が抜けてるの?ほんと?
友人には、英語圏の人は日本人が聞こえないと思って本当は the とか for とか to とか言ってるフリしてるだけじゃないの!?と質問したことがあるんだけど。
そうかー・・・必要な音は発音してるし、してないとわかるもんなのか。

「意外なことに、ショーン・Kが子供のころ英語圏で育ったと言っていいくらい発音がいい」
えー・・・。
彼は自分にそうとう自身がありそうな性格だもんねえ。そういうところがうまくなる要因なのだろうか。


ちょっと脱線してしまいました。

ヒットしたらいいなあとは思っているけど、ダメだろうなーとも思う。
理解しづらいだろうな、と。「日本的」過ぎて。
例えば、未曾有の大災害が起きようとしている時に、対策室に運び込まれザザッ!!と並ぶ大量のコピー機。
宇宙人が攻めてくる、ハリケーンがくる、氷河期がくる、ありとあらゆる厄災に見舞われてきたこの世界(大体アメリカ)ですが、あんなふうにコピー機が運び込まれてきたのは見たことがない。
もうちょっといい例えがあるだろうにと言われそうですが、私はあそこに「日本」を感じました。
コピー機かっこいい!!よっ!世界一!

このゴジラ、1回目が面白いと思えれば、繰り返し見たくなるはず。
とにかく情報量が多くて一回だけじゃ理解し切れないし、じゃあネットで補完しましょうとなるとこれまた物凄い量のネタバレ・考察が流れてくるし、それを読んじゃうとさらに映画が面白いことに気が付くしで、無限のループにはまり込んでしまうのだ。
政治家・官僚の描かれ方がいかにリアルか、自衛隊もまた然り。
「無人在来線爆弾」なんてバカバカしく思えるものの、輸送機として特化した電車の構造ゆえに武器となった時のえげつないくらいの威力とか。
過去の日本映画の名作といわれる作品との繋がりとか。
その他諸々。

日本とか日本人とか、そこの理解があってこその面白さが倍増する映画だと思う。
ダメだ。世界的ヒット、無理っぽい!!


あと、これもまた私の叶わぬ願いなのですが。
ベネディクト・カンバーバッチ氏と野村萬斎氏に対談してもらいたい。
前半は「日英の古典芸能の比較」
後半は「いかにして私は巨大獣を演じたか/モーションキャプチャーの注意点」

ああ!アラブのお金持ちだったらなー!!

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