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つらつらつれづれ

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Hamlet 感想・・・おまけ

以前ハムレットの感想で、『「俺を悪党と呼ぶのは誰だ」というセリフを言う時、スクリーンの向こうからこちらに問いかけるようにベネレットがカメラを見据えた』ように思ったんだけど、気のせいかしら?というようなことを書いたんですが、その場面があったので。



見てるでしょ?こっちに目線を向けてるよね?
私はこのベネレットの投げかけた視線に「うわっ!」と気圧されたのです。「お前なのか」と問われたようで。

もちろん、計算してなのか、それともたまたまカメラのほうに顔が向いたのかは分かりませんが。
意識してカメラを見たのなら嬉しいな。それって舞台に行けない、スクリーン越しに見ている観客もいると、演技に集中しているであろうベネさんの頭にあったってことじゃないかなあ。
3時間を越える「ハムレット」のなかで、ここだけはスクリーンを通してベネレットと観客が繋がった、ライブを越えた一瞬だったのではないかと思うのです。

※この動画はいずれ削除されると思います。

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Hamlet 感想

改めまして「ハムレット」の感想です。

字幕バンザイ!何を言っているかちゃんと分かるよ!
最初のインタビュー、どんな「ハムレット」にしたかったとか、どう演技をするかとか、そういうことが語られていてとても良かった。
自分の現在の年齢的に、若者であるハムレットを演じるのはどうか?と思ったりもしたらしいけど、そんな心配すること全くなしだ。近くに座っていた男子2人組が、カンバーバッチ凄いね 発散するエネルギー量が全然違うよね って話をしていて、そうだねそうだねと心の中でうなずいてしまったもの。

字幕がついてセリフが分かると、想像以上にハムレットの内面が激しいものだと感じた。なんだかね、「ナウシカ」の王蟲を連想してしまった。怒りで我を忘れて、周りを巻き込んで破壊していくの。もちろん、彼の中にあるのは怒りだけじゃなく、悲しみ、憎しみ、焦り・・・いろいろな感情が交じり合ってもっと複雑ではあるんだけど。
周りを欺くため狂気を纏いつつも、その内面に秘めた激しさを隠しきれずにあふれ出させてしてしまうところが、彼の脆さとか危うさなんだろうねえ。
あー、ベネレットって若いなあ。

そんなハムレットに巻き込まれて破滅した人物といえばこの2人。
ローゼンクランツとギルデンスターン。この人たち、酷い目に遭いすぎじゃない?

ローゼンクランツのセリフ “My lord, you once did love me.”、ここでは “I hate you.”っていうアナキンに対して “I loved you.” って返すオビ・ワンを思い出しちゃった。暗黒面に落ちたベネレット・・・。

毎回損な役回りだなーくらいにしか感じなかったけど(wikiで「無能で小悪党」って解説されてた!・・・)、今回のローゼンクランツとギルデンスターンはなんとも憎めない感じの配役・演技なもんだから、彼らが辿る運命が過酷すぎやしないかい?って思ってしまったんだよね。王に命令されてハムレットの動向を探りには行くけれども(そこには権力者に取り入って「あわよくば」みたいな野心的なものもあったかもしれないけど)、それだけじゃなくこの2人には純粋に友人を案じる気持ちも見て取れたから。
そして友人ではあるものの、なにやら胸に一物ありそうなハムレットのせいで、王が倒れたら国が立ちゆかなくなる。ならばいっそ・・・と思うのも、国民の一人として(苦渋の選択ではあっただろうが)納得がいくというもの。
この2人がなんで死ななきゃならないのさー!

いつもはそれほど重要に思えない2人だけど、今回はハムレットの古い友人として、その関係が壊れていく過程の中で、ハムレットの孤独を強調する役どころとして機能しているなと思いました。ベネレット版のローゼンクランツとギルデンスターン、好きだ!

そしてオフィーリア。
彼女もまたハムレットに振り回された1人だよね。
ポローニアスの所へ行って、ハムレットが自分の部屋に来てその様子が恐ろしかったと報告するシーン、戯曲とセリフが変わっているかな?と思ったけど、前半がカットされているだけで後半は元のままだった(と思う)。
“He took me by the wrist and held me hard;~” と、ハムレットの様子を語るセリフ。この内容が、今回の舞台では兵隊の衣装を着せてたりして2人がなにやらやっているのを指しているんだろう。
そしてその後、オフィーリアのもとにやって来た時のハムレットの表情がもうね!
オフィーリアへの愛情が溢れんばかりの笑顔でねえ・・・。凄く可愛かったんだよ~、ベネレット。ここはぜひ正面から撮影して欲しかった~。
こんなにも「オフィーリアが好きだ-!」って顔に出しちゃうハムレット、今までにいた?

前回見た時に思ったんだけど、孤立無援で復讐という重責を果たさなければならない立場に置かれた時、心から愛する女性を心の支えとしたいという思いがハムレットの内なる欲求としてあったんじゃないの?あくまで心の中でってことでね。言葉に出したっていうんじゃなく。
そこら辺のハムレットの葛藤が、オフィーリアの “He took me by the wrist and held me hard;~”
のセリフにあるハムレットの行動の理由ではないかと。
そんなふうな思いがあったのなら、いきなりオフィーリアから手紙だのなんだのを突き返されて拒絶されて・・・で、訳が分からなくなったんじゃない?つい、言葉も荒く、彼女を非難してしまったんじゃない?
こんなところにもハムレットの若さ、青臭さを感じました。

この時、オフィーリアが一生懸命何かを書こうとしているんだけど、ここのところが分からなかった。後から「自分の本当の気持ちを書いてハムレットに見せようとしたんだ」というのをどなたかの感想にあるのを読んで「ああ!なるほど」ってやっと気づいた。
そうだよね~。だって近くでオヤジ達が聞き耳を立てているんだもんね。
父親には逆らえないし余計なことは言えないし、でもハムレットには自分の気持ちを伝えたいし。愛している人たちの間で板挟みになってしまったんだね、オフィーリアは。
愛しているならそこら辺もうちょっと分かってやれよー!ハムレット。


今回の「ハムレット」、いつも喉の奥に小骨が引っかかったみたいな違和感があるところが、気持ちよくスパーン!とカットされてて「あ、そこなくてもいいの?切っちゃうの?」みたいな驚きはあったものの、すっきりしていて好き。
ハムレットが悩み葛藤し、時に嵐のように荒れ狂ったりする中で、ベネさんの(アラフォーなのに)初々しさとか瑞々しさが感じられる演技と演出とで、やっぱり毎回「ああっ、納得いかない!」って思うところが今回は気にならず、これまたすっきりとして良かった。
ハムレットとオフィーリアが愛してあっているのが分かるのもいいよね。私的にはここのところスゴく大事。

今回の「ハムレット」、ベネさんがインタビューで「新しい観客を劇場に呼ぶチャンス」だと語っていた。
全くもって私のことです。
ベネレットがなければ、シェイクスピアもハムレットも、手を出そうとは思わなかったよ!

本当なら、この物語を造りあげてる歴史的背景だとか、シェイクスピアの思想だとか、その辺も理解しつつ鑑賞したほうがもっと深い意味で楽しめるんだろうけど、なにしろ「初シェイクスピア」なものですから、まずは無理せず「おもしろかったね!」って言えたってことで満足かな。

そして、「舞台俳優 ベネディクト・カンバーバッチ」いいよね!
映画やドラマで見るのと何が違うんだろう?そこのところ、ハッキリとした理由は分からないままだけども、なにやら魅力的に見えるんです。
いつか「生」で舞台見てみたいね~。

でも、舞台には「字幕」がないんだよね~・・・。
悩ましいね~・・・。

Hamlet 感想・・・の前に

なんたって正味3時間越えですし、字幕はないですし、一回限りの鑑賞ですしそれはそれは想像の翼が広がりまくりだったわけで。
なので、前回の先行上映会鑑賞後、私の記憶は曖昧になり、知らず知らずのうちにねつ造・改変されていたのです・・・。

字幕付きで「ハムレット」を観てきました。
観ているうちに3度「あれ?」と違和感。
「尼寺へ行け!」と言ったハムレットが奥へ引っ込んだ後、もう一回戻ってきてセリフ言わなかったっけ?
ガートルードが毒を飲むのってこんなにザワザワしてた時だっけ?もっと前じゃなかったっけ?
フォーティンブラス、最後に出てくるんだっけ?
もしかして所々映像が差し替えられてる?

・・・などと疑いましたが、全くそんなことありませんでした。
タダの勘違い。
他の「ハムレット」と混ざっちゃったらしい。

だってねー?3時間以上もあるしねー?前回は一回だけしか見てないしね-?
しょうがないよね-?・・・ねー?


城に招かれた役者が演じるのを見て、自分の不甲斐なさを感じて「俺を悪党と呼ぶのは誰だ」というセリフを言う時、スクリーンの向こうからこちらに問いかけるようにベネレットがカメラを見据える・・・んだけど、なんだか自分の記憶が当てにならないわーな感じなので、本当にそうだったのかちょっと自信がない。
たまたまカメラがベネレットの正面を捉えてカメラ目線のようになったのか、それとも演出として意図してやったことなのか分からないけど、かなりどっきりとした瞬間だったんだけどねー。

こっち見たよね-?
それともこれも勘違いかなー?
気になってしょうがないんだけど!

今回はメモ帳持ち込んで鑑賞したかった。途中で忘れちゃうから。
そして鉛筆の先っちょをペロリとなめてから書き始めるの、ベネレットのように。

ハムレット 特別先行上映 3 & All is all

まだちょっとハムレットのことを考えてしまって「パレーズ・エンド」に移行できないでいる!
でもストレンジ先生のお姿もチラホラ見かけるようになったしね~。
「ブラック・スキャンダル」もあるしね~。「シャーロック」のスペシャルもあるしね~。忙しいね~。


「ハムレット」鑑賞から日にちも経って、細かなところは忘れてきている。
じゃあ、強く印象に残っているのは何かって言うとベネレットの「軽やかさ」かな。悲劇だというのに、なんだか今回のハムレット王子と言う人は軽やかで、若々しくて、伸びやかな青年であったなと思うのだ。
ベネさんが、懸命にその生涯を全うしようとする人物を演じると、例え悲しい結末になろうとも鑑賞後に思い起こされるのは清々しさだったりするのは、本人の人柄が多少なりともにじみ出ちゃってるから・・・と、勝手に思ってるのだけれど。
で、そういうハムレットに私はとても好感を持ったのだが、苦悩するハムレットとして重みにやや欠けると感想を述べてる方もいた。
なるほどー。
字幕がついたら、また感じ方が変わるかもしれないね。

しかし、同じ「ハムレット」なのに、こんなに雰囲気が違うって驚きだ。
ベネレットも私が見た二つの「ハムレット」と大差はないだろうなー、おもしろいと思えなかったらどうしようかなー、なんて思ってた。本当に本当に申し訳ないけど、2人のハムレット君達には見終わったあとそれ以上に興味を惹かれなかったんだもん。
演出・構成の違いって大きい。
戯曲としての「ハムレット」には、ト書きがほとんどないので自由度が大きい・・・のだろうけど、予想外。
シェイクスピア初心者の、遠く東の国のそのまた端っこに住むオバサンにも楽しめる「ハムレット」を作ってくれて本当にアリガトウゴザイマスアリガトウゴザイマス。


・・・などとまじめに感想を書いたりしているけど、今、頭の中はオールねえさんでいっぱいだ。
昨日からそのインパクトの強さにやられて、シャーロックをみても、チューリングさんをみても、オールねえさんが被さってくるわー。
ハムレットもオールねえさんにみえてくるわー。



ベネさんのコメディも見てみたいとは思っていたけど、けど・・・こんなのじゃなくて・・・。
でも本人楽しんでやってそう。勲章貰ったと言うのにいいのか。

しかし。ああ、ホントに瞳がキレイだこと。
一晩経ったら「スーパーモデルなんだから個性的な顔のほうがいいんじゃないの・・・これはこれでアリなんじゃないの・・・」みたいな気持ちになってきた。
きっと私はねえさんを見るために映画館に行ってしまうに違いない。

でも、これ日本公開するの?
ベン・ステイラーの映画ってそんなに日本で受けてないんじゃないかなー。「ナイト・ミュージアム」くらいじゃない?



ついでにおまけ。
足、ごっついな!


ハムレット 特別先行上映 2

感想・・・というか、思いついたことをダラダラと書きます。
なにしろセリフ聞いていないし。登場人物の感情に乗っかってイメージで見ていただけだし。感想を言えるほど理解できてないと思うし。

さて、冒頭のシーン。
黒い上着に顔を埋め悲しみに暮れるハムレットから舞台は始まる。
ああ、あれは死んだ先王・ハムレットのものだったのだな、華やかな服装をしている他の登場人物の中で一人喪服を着ていると描写されているのは、この形見の上着なのか・・・と思った瞬間、パチパチパチっ!と私の頭の中でバラバラだった情報がキレイに整理整頓される。
(うわー!この「ハムレット」分かりやすいじゃないか!と、ここだけでちょっと興奮する。)

この王子がどれだけ父王を愛していたか。尊敬していたか。
その父への深い愛情故に母に対する激しい怒りの気持ちがわき起こったのだと。叔父への憎悪もまた然り。
こんな父親に対するハムレットの思いは、原作の方にも彼のセリフの一部にちゃんと書かれていたのに全然理解してなかった自分にびっくりだ。
どんだけこの話に興味なかったの、私・・・。
とにかく、この冒頭のワンシーンが入るだけで、ものすごーく話がすっきりした(私が分かっていなかっただけかもしれないけどね)。

従来の「ハムレット」だと、息子の母親に対する(マザコン気味の)愛情が際立ってみえて、演出の仕方によってはかなりセクシャルな香りのする関係になっちゃってたけど、ベネレット版はそういうのがなかったと思う。まずベースにあるのは父への想いだ。
ベネレットもマザコン風になるのかな、ちょっとイヤだな、と思っていたので、この辺の流れは私としては満足。

それからもう一つよかったな、と思ったのがハムレットとオフィーリアの関係だ。
蜷川版でもテナント版でも、そして原作でも、この二人の仲がいいって描写が全然ないの!
いや、ないことはないけど、それはオフィーリアのセリフの中で出てくるだけで、二人が同じ舞台上にいる時はどうみても愛し合っているように思えないの!
だからオフィーリアの墓で、ハムレットが何を言おうが「ええ~・・・ホントにぃ~?」って気持ちになってしまってた。
冒頭のシーンで、父に対するハムレットの気持ちが補完されていたように、ハムレットとオフィーリアも、本編に邪魔にならないようにさりげなく二人が寄り添う場面を入れることで、お互いに相手を大事にしているのが伝わってきてとても良かった。
こういうシーンをいくつか入れるだけで、話が理解しやすくなっていたように思う。

で、以前書いたオフィーリアがハムレットに兵隊の衣装を着せるシーン。
さて。これは何か意味があったのか。全くないとは思えないんだよねえ。

思うにハムレットって孤独な王子だ。誰も彼のそばにいない。味方がいない。
ホレイショーは親友だけれども、彼はこの国の人間ではないし、いずれはどこかへ行ってしまう人なんだろう(ずーーーーっとリュックを背負っていたホレイショーを「スナフキンみたい・・・」と思って見てました)。
なら、ハムレットの支えとなり得るのはオフィーリアだけなんじゃないのか。
彼が狂気を装う、つまりおもちゃの兵隊の衣装を着ることを手助けしたオフィーリアに、ハムレットは何かしら期待はしなかったろうか。
なぜ、自分はこの衣装を着ねばならないのか。
その意味をオフィーリアに分かって欲しいとは思わなかっただろうか。
上着を着せかけられたハムレットが、オフィーリアに手を伸ばし、離れがたいそぶりを見せた・・・ような気がしたけれど。

そして、その気持ちは「尼寺へ行け!」とハムレットが発することに繋がったりしないかな、と思うのだ。
オフィーリアに手紙を突き返されて、拒絶されて、ハムレットの顔から一瞬表情が消えなかったか。何を言われたか理解できなくて。
ここで二人の思惑にズレができたように感じた。求めるハムレットと、それが何か理解できない、もしくはハムレットがそんなことを思っていることすら気がついていないオフィーリア。
そして狼狽し、動揺するハムレットがオフィーリアに投げかけるのが「尼寺へ行け!」のセリフ。・・・じゃないのかなあ。
この辺は字幕がついたら感じ方が変わるのかな。


今までいくつか「ハムレット」を見てきて思ったのは、登場人物の感情が連続してないところがあるってこと。そのために途中で置いてきぼりにされてしまう感じがした。
その点今回の「ハムレット」は自然な流れがあって、そういうところが「わかりやすい」って言われる所以ではないだろうか。

さらに続くんですよ・・・。だらっと。








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