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シャーロック・ホームズの凱旋 赤毛同盟(前編)

物凄い力技で『京都』と『シャーロック・ホームズ』が融合している。
こんなことが許されるのか・・・と戸惑いつつも読み進めずにはいられない。そんな感じの作品です。
予告の「ヴィクトリア朝京都」でなんのこっちゃと頭の中が「?」でいっぱいになりましたが、本編を読んで納得がいった・・・いったかな。どうだろう。
第一話は「赤毛連盟(前編)」です。

ワトソンによるホームズの事件記録が掲載されたストランド・マガジンは飛ぶように売れ、その活躍が世に知らしめられるとホームズのもとには次々と事件が舞い込み、まさに毎日が祇園祭りのようであった。
しかし現在、寺町通221Bに居を構えるホームズはスランプの真っただ中である。部屋の中のマントル・ピースにはホームズ復活を祈願してハドソン夫人が片目を塗りつぶした達磨が置かれている。
そんな中、着古して透けたワイシャツに紐ネクタイ、胸ポケットからはペンが覗き、古びたズボンを穿いている、赤毛のどこにでもいそうな京都の商人ふうの男が訪ねてくる。


あらすじを書いてみましたが、おかしいね!?これ。
221B、寺町通にあるんだ・・・。つーつーわんびーてらまちすとりーと。あふたぬーーーーん。
ちなみにストランド・マガジン社は河原町丸太町にあります。

我らがドクター・ワトソンの経歴も書き出してみましょう。
軍医補として第二次アフガニスタン戦でカンダハールへ赴くが、ジェザイル弾で肩を撃ちぬかれ戦地を離脱。
ペシャワルの基地病院でさらに腸チフスに罹患。
その後京都へ戻り、ホームズと出会う。
ストランド・マガジン社での担当編集者は、大学で詭弁論部だった後輩のタマガワさん。


これは今までの『シャーロック・ホームズ』とは違う新しい『シャーロック・ホームズ』なのであろうと思うのですが、事件が起きたことを「祇園祭り」って言われちゃうとどうしても「It's Christmas ! 」を連想してしまうのだけど。
正典のほうでこれにあたる言葉をホームズ氏は言ってるのだろうか?
少しだけ正典を読んだけど、なかったような気がするんですが見落としているかな。
ともかく、この「毎日が祇園祭り」の一文で私の頭の中では、下鴨本通で辻馬車を拾ってストランド・マガジン社へ向かうのはあの “ジョン” だし、長椅子に寝ころびカルピスをストローでちゅうちゅう吸いながら金魚のワトソンが入っている金魚鉢を腹の上に抱えているのはあの “シャーロック” で再生されてしまうのだ。
そして三上氏と森川氏の声で日本語で喋っている。

前編におけるホームズはとにかくダメだ。
「あなたはかつて肉体労働をしておられた。嗅ぎ煙草をたしなまれる。フリーメーソンに所属しておられる。そして中国への渡航歴がる。」と推理を下し「当ったろう?当ったと言え!」と依頼人に強要し、「何が?何が?」と困惑される。
「赤毛連盟」を読まれた方なら分かるでしょうが、この推理は正典のほうでは大当たり!でお見事!な場面なんですよね。
さて後編ではどうなるでしょう。
このホームズは謎を解決しないって予告で書かれていたし・・・ホントどうなるやら。
ずーーーっとスランプのままなのかしらねえ。


S4の放映が近づいてきて、シャーロックとジョンが水浸しの221Bで向かい合って座っている(でも視線はあっていない)なんて動画をみちゃったりで、益々どうにも救いのない展開が待っているとしか思えない『SERLOCK』。
私たちの不安をあおりにあおっている。
もうやめて~・・・。
しかし、S4のそれはそれでもうしょうがないので(撮り終っているし)、ならばS5はいっそのことヴィクトリア朝京都の寺町通221Bから始めちゃえよ・・・と思わないでもないのだ。
この森見氏の「シャーロック・ホームズ」はS1やS2で退屈だー!とバタバタしていた頃のシャーロックとイメージが重なって、嫌いじゃないの。
後編早く読みたい。
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シャーロック・ホームズの凱旋

また新たな「ホームズ」が誕生します。



10月19日発売の中央公論社の文芸誌「小説BOC」で、森見 登美彦氏の連載「シャーロック・ホームズの凱旋」が始まります。
第一回は「赤毛連盟(前篇)」。

実はものすごーく気になってます。
なぜって、このホームズは「事件を一切解決しない」んですよ!
本当です。作者がそう言っているんですから本当なんです。
そして舞台は「ヴィクトリア朝京都」
ヴィクトリアンな京都。なんなんでしょう。ワケがわからないデスネ!

森見氏の著書は数えるくらいしか読んでませんが、なんとも不可思議な世界を描かれる方だなという印象があります。
いつも舞台は京都なんですが、もうそれだけで道民の私などは異次元に思えるのです。
なんだか特別な場所でしょ?京都って。

そして森見ワールドは「昭和」のイメージ。
平成のキッパリと明るいLED電球じゃなくて、オレンジ色のうすぼんやりした明りの下でちょっと普通じゃない人たちがわいわいしているような。

どんなホームズになるんでしょう。
詭弁の限りを尽くし、人々を煙に巻き、飄々とそこに存在するような、そんな感じでしょうか。
どうなるか予想がつかないですが、「変人」ではありそう。

ああ。
ワトソン君はどうなるかな。
やっぱりホームズに振り回されるのか。
さっぱり予想がつかないです。
だって森見 登美彦なんだもの。

フランケンシュタイン

hedgehogさんのところでジダジダした日。
たまたま街の大きな本屋に足を伸ばしたら、「フランケンシュタイン」の文庫本の表紙がこっちを向いていて。
『とりあえず買っとけば?』って言われたみたいな気がして・・・買いました。
目が合っちゃったしね。

近くにいた「ハムレット」君も『ボクもどう?』ってやっぱりこちらを向いていたけど、今は「フランケン」さんがとても気になっていたのでお断りした。


一般に「フランケンシュタイン」と
言われれば、この怪物を思い描く人が
多いと思う。
私もごく最近までそう思っていたし。

「フランケンシュタイン」は怪物の名前
ではなく、怪物を作った博士の名前。
本を読む前の知識はその程度。

で、読み終わったんですが。
なんだかもう、もやっとしてます。
これ、怪物全然悪くないよね?
まるで小学生の感想のようですけれどもーーーー
声を大にして言いたい。
怪物悪くないじゃーん!





  

   怪物といえば、基本的に喋らない。
   これは最初の映画から作られたイメージだろう
   か。
   あの姿形だし、映像的に喋らない方が不気味さ・
   恐ろしさが分かりやすかったからなのか。

         たまに「フンガー」とか「おおおおお」みたいな
   雄叫びを上げたりしますが。それから、気は優し
   くて力持ち。
         この辺のは日本独特のイメージかなあと思う。
   
   

小説版の怪物は喋る。知能も高い。
自分が何者であるのか悩み、他者に受け入れられない孤独を感じ、絶望、憎しみへと心を転じていく。
これだけの複雑な精神を持っているものを怪物と呼んでいいものか。
怪物の創造者・ヴィクターが、彼を創り出してしまった後悔と、大切な家族・友人を葬り去られたことに対する憎しみを口にする度、なんともいえない複雑な気持ちになった。
怪物を受け入れられなかった自分、ってところには目が向かないのかよ、と。
怪物を本当の怪物に仕立て上げてしまったのは、ヴィクターだよなあ。
ヴィクターが怪物に呪詛の言葉を投げかける度に、その考えが離れなくて怪物が哀れで、可哀想で。
終盤、怪物がみせたヴィクターに対する執着はねじれにねじれた愛情の形だったんだろうか。
世界から拒絶された怪物が、どうして、なんのために生まれてきたのか、それを知っているのはヴィクターだけだったわけだし。

よーし!
一時博士バージョンに心が傾いていたけど、ここにきて一気にクリーチャーバージョンに振り切れたよ!
BCクリーチャーの絶望・怒り・悲しみのお芝居、観るのがとても楽しみ。
お願いお願い。チケットが取れますように。


ところで、いろいろと画像を探しているうち、ロバート・デニーロ版の「フランケンシュタイン」があるのを発見・・・ていうか、これ劇場でみたな、私・・・。


 すっかり忘れてた。
なんとなーくクリーチャーの誕生シーンだけうっすらと記憶に残ってる・・・ような。
wikiをみたら、ヘレナ・ボム・カーターが演じるエリザベスが、クリーチャーに殺されたあと彼女もまたクリーチャーとして蘇る・・・らしい。

あれ・・・全然覚えてないよ・・・。


イギリスはおいしい

イギリスが気になる今日この頃です。
「キャサリン妃が女の子を出産」なんてニュースも、つい家事の手を止めて「へえ~」と見入ってしまいます。
「Sherlock」を見たことがきっかけなんですが・・・実は、以前にも「イギリスっておもしろい」と思った事があったのでした。すっかり忘れていました。あまりにも昔で。

昔々、記憶が薄れてしまうくらい昔働いていた時に、同じ部署の方が「これおもしろいよ」と貸してくださったのが「イギリスはおいしい」。
早速読んでみると、なんだかそこに住んでいるような気分になれる本でした。

この方は毎年ご夫婦でイギリス旅行をされていて、きっと今もその恒例行事は行われているに違いありません。
「イギリスの林檎はうめぇんだ!」と言っていたのが印象的で、その時私の中で「イギリス=林檎がすごくおいしい国」という図式ができあがったのでした。

そうだった!イギリスのリンゴが食べたかったんだった!
それから、それから、フィッシュ&チップスに、クロテッドクリーム!
懐かしくなって早速図書館で借りてきました。


イギリス人は塩味に鈍感である
イギリス人はテクスチュア(口触り)に無頓着である
そういえば・・・イギリス料理はマズイもの、と印象づけられたのもこの本を読んだからでした。

気を取り直して「リンゴ」について、です。
両の手のひらにすっぽりと包み込める程の大きさで、丸ごと一個食べるとその水気でちょうど喉の渇きが癒され、食後、口の中には理想的な割合で酸味と甘みと芳香が残る。
文章を読んでるだけで、ふわっ・・・とリンゴの良い香りがしてきそう。
ああ、食べてみたい!
このリンゴは「cox」という品種なんですが、この本が出版された頃には残念ながら日本には入ってきてなかったようです。今はどうなんでしょう?
他にも食文化を中心に書かれているのですが、とにかくユーモアとイギリスに対する愛情に溢れていて、読んでいる方もイギリスという国が好きになる。そんな本です。

さて。
「イギリスのリンゴ」で思い出したんですが、例のあれ。



↑これ、cox?と思って調べたんですが違うみたい。

左側がcox、素朴な感じです。
シャーロックさんちにあったリンゴはレッドデリシャス(右側)とか、そんな感じかな?
真っ赤っかじゃないと文字を彫った時に格好良くないですもんねえ・・・しょうがないか。

 
それから、「パブ」に関する一文で。
酒を呑むことによって、他人に迷惑をかけ、人間関係すなわちコミュニケーションうを損なうようなことは、間違ってもしないというのがパブを代表とするイギリスの「飲酒空間」における社会的約束なのだ。

間違ってもイギリス人は、酔っ払って「I know ash !!」なーんて他人に 絡んではいけないのですよ!

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