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つらつらつれづれ

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スパイダーマン



トビー・マグワイアがピーター・パーカーを演じた『スパイダーマン』が大好きだった。
数年後『アメイジング・スパイダーマン』が公開されたけど全く見ていない。主演のアンドリュー・ガーフィールドがどうにも受け付けなかったから。

トビーのピーターは全然イケてない内向的な高校生(2では大学生)。“オタク” とか “nerd” と分類されるような。
アンドリューにはそういうものを感じなかったのだ。
ああ新しいスパイダーマンは、前作とは違う方向で作られるんだな、サム・ライミ版が作ったスパイディは無いことになっちゃうんだな、と当時は少々さみしい気持ちだったな。
こんなのはただの食わず嫌いなだけで、ちゃんと見てみればサム・ライミ版とは違うところを好きになったかもしれないし、アンドリューだって爽やかな好青年風だし、面白いと思ったかもしれないんだけど、どうにもこうにも当時はぜーんぜん興味がわかなかった。

さらに数年が過ぎ、また新しい『スパイダーマン』が登場した。
主演はトム・ホランド。
ピーターの役を射止めるために、インスタグラムで自身の身体能力の高いことをアピールしているのを何度か見ている。
そして『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』で初めて彼の演じる新しいスパイダーマンを見て、こりゃなかなかいいんじゃない?と思った。
まだまだ少年で、その行動や考えに青臭さが感じられるけど、それが眉間にしわ寄せてるオジサン達がひしめくアヴェンジャーズにはいいアクセントになるんじゃないかなーって。


(あ、それから二人とも口角のあたりがプクっとしてて、口の中に何か含んでるみたいなところが似てるの。私的にはココ結構重要。)

6月にはワールドプレミアが行われその映像が流れてくるのを見て、MCUの一員として宣伝にも大層力を入れているんだなという印象を持った。
アイアンマンのロバート・ダウニー・Jrとも仲良くしてもらってマース!っていうのをやたらと前面に押し出しとるな…。
なんというか、こう…恵まれとるよねえ?このピーターはさあ。

ちょっとこのあたりで胸がチクチクしだした。
トムホのスパイディ、いいと思う。頑張ってほしいと思う。
でもねー、なんかねー、チクチクするの。
初代のいろんなことに報われなさすぎなトコロを思い出しちゃって、トムホ・スパイディがキラキラしすぎて…!

初代ピーターはとにかく貧乏。
メイおばさんはローンが払えなくて家を手放さなきゃならなかった。
ピーターはアルバイトをするものの、スパイディとして街の人を助けなきゃならないから、すぐクビなっちゃう。
大好きなMJの舞台にも、大事な講義にも遅刻する。
親友には父親の仇って誤解されちゃう。
手作りのコスチュームは股のところがチクチクしちゃう…。
「大いなる力には大いなる責任が伴う」っていうベンおじさんの言葉はまるで呪いのようにピーターを縛るし。


トムホピーターのコスチュームはトニーが作ったんだよねえ。
きっとぴったりフィットして股がチクチクなんてしないんだよねえ。

ああ、なんて不幸な初代ピーター・パーカー。


トムホが悪いわけでも、トニーが悪いわけでもないし、ワールドプレミアなんてものはこれはあくまでも宣伝なわけですし。
映画の宣伝と映画内のピーター・パーカーの処遇がどうなのかっていうのは別物だしね!
わかってるよーわかってるの!

新しいスパイディを見てて久しぶりに初代を思い出したけど、あまりにも報われなかったよなーって!
なんだか複雑に気分になっちゃったんだよーぅ…。

でも今回の新しいスパイディは期待してる。ちゃんと劇場に見に行く。
やっぱりサム・ライミ版とは違った路線になってるんだろうけど、このスパイディも好きだなって言えるようなストーリーになってるといいなー…と思ってます。



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大誘拐 RAINBOW KIDS




1991年に公開された『大誘拐 RAINBOW KIDS』。
昔々、確か日曜洋画劇場だったと思うんだけど、なんとなく見始めて、おや意外と面白いじゃないかと結局最後まで見てしまった。
映画が良かったので、原作の「大誘拐」(天藤 真 著)も読んで、やっぱりおもしろーーーーい!となった。

チンピラ三人組が、和歌山の山林王・柳川とし子刀自の誘拐を企てるが、彼らの要求する身代金の金額が5千万と知って刀自は怒る。
「私はやせても枯れても大柳川家の当主やで。見損のうてもろたら困るがな。きりよく百億や。それより下で取引されたら末代までの恥さらしや。ビタ一文負からんで。」
百億の身代金を手に入れるために、いつの間にやら刀自自身が先導して、警察・マスコミを相手に「柳川とし子誘拐事件」は繰り広げられていく。
・・・とストーリーは大体こんな感じ。

とにかく痛快で爽快。
悪者が誰もでてこない。誘拐事件だというのに。
おばあちゃんが警察やマスコミをきりきり舞いさせる様がもう本当に見ていて楽しいんだよねえ。小さいものが、遥かに大きなものに向かっていくっていうのはどうしてこうワクワクするんだろう。

映画版での主演は北林谷栄さん。
可愛らしくってそれでいてキリリとしていて、年を取るならこんなふうに・・・と憧れてしまうくらいステキ。あんなおばあちゃんになりたいものだ。
他にも緒方拳、樹木希林、岸部一徳と実力派が脇を固めている。
とし子刀自を誘拐するチンピラのリーダーとして風間トオルが出演しているのだけど・・・デビュー間もない頃だったんだろうね、演技のほうはゴニョゴニョ・・・。


とし子刀自が何を思って犯行に及んだか?ってところはこの作品の根源であるから、それを書いちゃうのはネタバレも甚だしいのだけれど、それを知ってもこのお話の面白さを損なうことはないと思うので書いてしまいますが。
そしてなぜ今この『大誘拐』について書いているかってことなんですが。
前回の『この世界の片隅に』から続いているのです。

とし子刀自は戦争で3人の子供を失っています。
そして自分の死期が近づいていることを悟った(ただの勘違いだったんですけどね)刀自の中に湧いてきたのは「お国への憎しみ」の感情でした。
自分が死んだら先代達が長い長い時間をかけて愛しんで育て上げた山々は、そんなものに愛情のかけらも持たない権力者に渡ってしまう。
子供を奪い、今また自分の命にも等しい山を奪おうとしている「お国」。
この誘拐劇は刀自の最初で最後の、「お国」を相手のレジスタンスだったのです。

あの時の、国の思惑に振り回された人たちの悲しみとか怒りとか、そういったものを向けるべき相手が大きすぎてどうにもならないという無力感に苛まれた『この世界の片隅に』鑑賞後、「ああそういえば」と思い出したのがこの『大誘拐』です。
ちっちゃいおばあちゃんがカッコよかったよな~、おもしろかったよな~と。
リメイクしてくれないかなと思うんですけど無理でしょうかねえ。
昭和は遠くなりにけり・・・ですもんねえ。

この世界の片隅に




『この世界の片隅に』をみました。
なんというか、ものすごいものを見ちゃったなという感じ。

この作品は広島で生まれ呉へ嫁いだすずという女の子の日常を、柔らかな線と色合いで描いたアニメ映画です。
柔らかな線と色合いでふんわりだねえ・・・などと!思っていたら!大間違いだ!

途中から(私などは初めのほうのなんでもない日常を描いたシーンでさえ)、お腹の上のあたりから喉のほうへ何度も感情がせり上がってきてぐぎぎぃっ・・・!と歯を食いしばって見ざるを得ない映画だったのだ。おそろしい。
こんなにも何度も何度も気持ちが揺さぶられる映画は初めて。

この「ぐぎぎぃっ・・・!」の正体はなんであろうかと、映画を見終わった後に考えたんですが、なんとか言葉に表すならばそれは「理不尽さ」への怒りとか戸惑いでしょうか。
物語はすずの子供時代から18歳になって呉へ嫁いだあとまでを描いていくわけですが、その丁寧に丁寧に描かれた日常の延長線として「戦争」がある。
今の私たちからみて異常としか思えないその日常を送る人々を、突然突き放すように玉音放送が戦争の終わりを告げるのです。
抵抗しようのない暴力、怒りをぶつけようにもその相手さえも見えない。
その理不尽さに涙が溢れそうになったのかなと、気持ちが落ち着いてから思いました。


映画を見た数日はその理不尽さが強く心に残っていたのですが、この物語はそれだけじゃないよなと後から気が付きました。
(ちょっと遅いですね・・・だってすずちゃんの怒るシーンのインパクトが強かったから・・・)

映画の終わりに、周作がすずを見つけてその名前を呼びます。
戦争が終わり、何もかもが混沌として危うくなったなかで、「うちをみつけてくれてありがとう」と、すずは自分自身を、生きる場所そして意味を失うことなくまた日常に戻っていくのです。

どんなにぺちゃんこになっても、人はまた再生して生きていく強さがあるのだと、そういう話だったのだなあ・・・と思いました。
後から。
見た当日はそこのところ考える余裕がなかったんで・・・。

最後に出てきた母親とはぐれた女の子とすずの関係もまた「みつけてくれてありがとう」なのかもしれないと思いました。
そうやって人は生きていき、今の私たちに時間は繋がっている、と。

本当にたくさんの人に見てもらいたい、いつまでも心に残るであろう素晴らしい映画でした。

シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア(とワイティティ監督)




邦題があまりにもB級映画臭プンプンで、かえって気になってしまった作品です。
Huluで見られます。
原題は『WHAT WE DO IN THE SHADOWS』ですが、これは邦題のほうが内容がわかりやすい例の一つじゃないでしょうか。
ズバリ『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』に引っ掛けてのタイトルだと思いますが、2つの作品のヴァンパイアという存在の落差にも( ̄▽ ̄)ニヤリとしてしまいます。

とにかくゆるい。
ゆるい内容であるのはタイトルだけで予想がついたので、家事の合間のBGMとして流し見しよう~.・・・なんて気持ちで最初はいたんですが、これが結構見始めると面白い。ゆるいけど。

ムスメN子と見ていたのですが、私たちの最初の感想は「これ、イギリス映画かな?」でした。
今まで見たイギリス発のコメディがたまたま(?)そうだったせいで、変なシチュエーションのコメディ=イギリスという図式が私たちの頭の中に出来上がっているようです。
ちなみに『チャーリーとチョコレート工場』でも、「これイギリス?」とN子が質問してきましたが、いやいやジョニデが主演だもん、ハリウッド映画だよー・・・あっ!!原作者のロアルド・ダールがイギリス人じゃんか!やっぱりイギリス関わってるわ!ということがありましたっけ。

ということで、この作品はイギリス、ではなくてニュージーランド発。
あまりなじみのないところです。
ニュージーランドといえば、『ホビット』の撮影が行われたくらいの知識しかない・・・。
あと羊が一杯いる。
それからニュージーランド航空の機内安全ビデオがノリノリである。



このシリーズはほかにもあるんですが、毎回凝った作りですごいです。
これらからニュージーランドの人たちの国民性が垣間見える・・・というのは考えすぎ?

ストーリーはタイトルを見てわかる通り、ヴァンパイア達がシェアハウスをしている日常を密着字取材した、ドキュメンタリー風映画です。
メンバーはヴィアゴ(379歳)、ヴラド(862歳)、ディーコン(183歳)、ピーター(8000歳)。
そこにうっかりピーターが甘噛みしてしまったために仲間入りしたニックと、ニックの友人で普通の人間のステューが加わります。
ピーターのオドロオドロシイお顔は見たことがあるし(の・・・ノスフェラトゥ・・・!)、“ヴラド”で“串刺し”とくればあの人だよねえ?お二人とも性格が丸くなりましたね!やっぱり集団生活のおかげ?
なにしろヴァンパイアですから、お食事の時は血がドバドバ流れたりもしますが、ラストはとても心温まるシーンがあったり、B級臭さにスルーせずに見てよかったなと思えた映画でした。


ところでこの映画の監督で、笑顔が可愛いヴィアゴも演じているタイカ・ワイティティ氏ですが、次回の『マイティ・ソー』の監督に決定しています。
少し前にベネさんとトム・ヒドルストンのインタビュー記事で「シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイアの監督・タイカ・ワイティティ」の名前が出ていて、あまりにも私的にタイムリーな話題で驚きました。
(みたよー!この間みたばっかりだよー、トムヒぃー!←心の声)
トムヒの口からあのゆるゆるの映画のタイトルが出るとは。いやはやびっくり。

この時のインタビュー記事をdicoさんがこちらでまとめていらっしゃいます。
二人がどんなことを日々考え感じているか、英語難民には大変ありがたい記事です。
(dicoさんいつもお世話になっております。ありがとうございます。)

ワイティティ監督の作品はこれ1本しか見ていないですし、ニュージーランドではコメディアンとして有名な方らしいですが、「マーベルのヒーロー映画」を撮るにはどうなんだろう?
『マイティ・ソー』に関しては全く関心がなかったんですが、ちょっと興味が沸きました。

ちょっとどころではなく、『ゴーストバスターズ』を見たからクリス・ヘムズワースの名前もちゃんと言えるようになったし、クリヘム可愛いなって思えたし、「なんで神様なのにヒーローに混ざってんの?変なの」っていう抵抗感もコレ↓をみてソー可愛いってなったし、監督効果と合わせ技で『ラグナロク』が公開されたら劇場に足を運んでしまうな。きっと。




・・・実は!
この記事に張り付けるため上2つの動画を探したわけですが、この動画がどちらもワイティティ監督が手掛けたものであることをつい先ほど知りました。
ソーの面倒を見ている一般人のダリル、『シェアハウス~』での普通の人間ステューの立ち位置と同じだわー。
二人ともなぜ人間じゃない存在と一緒なのにそんなに淡々としているの。なぜそんなに面倒見がいいの。
この人の笑いの感覚、好きだな!
『ラグナロク』は絶対見に行こう。

でもコメディになっちゃわない?大丈夫?ちょっと心配。

シン・ゴジラ もういっちょ!

先日2回目の鑑賞!
このところ海外勢ばかりに目がいっちゃっていたけど、すっごく久しぶりに「邦画、面白い」と思いました。そしてなんだか後を引く。癖になるシン・ゴジラ。

今回はムスメN子を誘って見に行きました。
彼女の「DVD出てからでいいよう~」という、どこかで聞いたことがあるセリフを聞き流し(親子だねえ私たち)、主役をやってるのはCMでマーティンに響をプレゼンしてた人だから!・・・などと気持ちを盛り上げ半ば強引に。

ゴジラ登場シーンで、隣の席で(ひょっ)だか(ひゃぁ)だか変な声をあげるムスメ。
うん。出る。出るよね。あのゴジラは見たら声が出る。母は大人だから我慢したけど。
見終わった後、「ゴジラ、めっちゃ怖い」と大層シンプルな感想を述べるムスメ。
うん。怖い。めっちゃ怖い。

でもさー!それ以外にも感想あるでしょー!?
矢口さん、ステキ!とかさ。
そうなのだ!長谷川博己がステキなのだよ!

ヤシオリ作戦の時の、防護マスクをつけて目だけで演技をする矢口蘭堂役の長谷川博己がすごく良かった。
犠牲者が出たことを知って、一瞬眼をぎゅっと瞑る矢口。
無念さだとか、悲しみだとか、感情があふれてしまいそうなのを堪え、でも次の瞬間には強い意志を持った目で前を見据える。
ああ、もう、このシーンだけ繰り返し見たい!
そして動きの止まったゴジラを見る、祈るような眼差し。それまでの厳しい目線と全く違う。
いいなあ!目で語る長谷川博己。
ちなみに長谷川さんは39歳、身長183?180?くらい?だったかな。最近の俳優さんは背が高いね。ベネさんと同じくらいなんですよ。ふふふ~。

ケン・ワタナベとかヒロユキ・サナダに続いて、もっと日本の俳優さんが海外で活躍できたらいいのに、と思う。
前回も書いたけどこの「シン・ゴジラ」がヒットすることで、そのきっかけになればいいなあ。
もう「あんた日本人じゃないじゃん」って引っかかりながら映画を見るのは嫌なんだもん。日本人の役には日本の役者さんを使ってよう~。
若手は今後のことを考えて英語ガンバレ。

で、一回目の鑑賞の際に、「英語ガンバレ」に関して石原さとみがなかなかじゃないのと感じたのだけれど、所詮英語のできないオバサンの戯言。
喋れる友人に実際のところ彼女の発音はどうなのか聞いてみた。
友人曰く「役柄的に流暢さ重視だからペラペラだけど、単語の音がたくさん抜けている。あのくらいならコツと抑揚をプロ指導の下に練習して恥ずかしがらずにやれば誰でもできるよ」

えー・・・。
あんなに英語っぽく聞こえるのに、あれでもダメなの?音が抜けてるの?ほんと?
友人には、英語圏の人は日本人が聞こえないと思って本当は the とか for とか to とか言ってるフリしてるだけじゃないの!?と質問したことがあるんだけど。
そうかー・・・必要な音は発音してるし、してないとわかるもんなのか。

「意外なことに、ショーン・Kが子供のころ英語圏で育ったと言っていいくらい発音がいい」
えー・・・。
彼は自分にそうとう自身がありそうな性格だもんねえ。そういうところがうまくなる要因なのだろうか。


ちょっと脱線してしまいました。

ヒットしたらいいなあとは思っているけど、ダメだろうなーとも思う。
理解しづらいだろうな、と。「日本的」過ぎて。
例えば、未曾有の大災害が起きようとしている時に、対策室に運び込まれザザッ!!と並ぶ大量のコピー機。
宇宙人が攻めてくる、ハリケーンがくる、氷河期がくる、ありとあらゆる厄災に見舞われてきたこの世界(大体アメリカ)ですが、あんなふうにコピー機が運び込まれてきたのは見たことがない。
もうちょっといい例えがあるだろうにと言われそうですが、私はあそこに「日本」を感じました。
コピー機かっこいい!!よっ!世界一!

このゴジラ、1回目が面白いと思えれば、繰り返し見たくなるはず。
とにかく情報量が多くて一回だけじゃ理解し切れないし、じゃあネットで補完しましょうとなるとこれまた物凄い量のネタバレ・考察が流れてくるし、それを読んじゃうとさらに映画が面白いことに気が付くしで、無限のループにはまり込んでしまうのだ。
政治家・官僚の描かれ方がいかにリアルか、自衛隊もまた然り。
「無人在来線爆弾」なんてバカバカしく思えるものの、輸送機として特化した電車の構造ゆえに武器となった時のえげつないくらいの威力とか。
過去の日本映画の名作といわれる作品との繋がりとか。
その他諸々。

日本とか日本人とか、そこの理解があってこその面白さが倍増する映画だと思う。
ダメだ。世界的ヒット、無理っぽい!!


あと、これもまた私の叶わぬ願いなのですが。
ベネディクト・カンバーバッチ氏と野村萬斎氏に対談してもらいたい。
前半は「日英の古典芸能の比較」
後半は「いかにして私は巨大獣を演じたか/モーションキャプチャーの注意点」

ああ!アラブのお金持ちだったらなー!!

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